ゼロから始める無店舗型狩猟採集テレクラ

ゼロから始める無店舗型狩猟採集テレクラ

果たしてテレクラで「タダマン(ゼロ円セックス)」は可能なのでしょうか。

「タダマン」というのは「無料でセックスをする」ということを指す言葉であり、そのセックスに関して、仮に、「タダマン」という言葉の意味を忠実にとらえて厳密に考えるならば、そこには、いかなる「金銭」も発生してはいけません。

このような厳しい条件のもと「タダマン」について改めて考え始めますと、「テレクラで完全無欠なタダマンをするのは非常に難しい」という結論が自ずと導き出されるのではないかと思います。

「テレクラの無料体験」のわずかな利用時間のみで女性を口説き落とし、女性と待ち合わせるまでの移動においても、いくばくかの交通費が発生する可能性があるいかなる公共の交通機関も利用せず(自家用車で移動するとしても、そこにはガソリン代などの金銭が発生するため、決して「タダ」ではないでしょう)、相手にお礼のお金を渡さないのはもちろんのこと、ラブホテルなどを利用せずにセックスをする、というのが、厳しい条件を満たす唯一の「タダマン」であるからです。

もっというと、テレクラを利用するための「携帯代」からそもそもの「つまずき」があるかもしれません。そうなるともはや「タダマン」という不可能性を前にして、手も足も出ない状態に陥るでしょう。

この条件のもと(ここでは、さすがに携帯電話の料金だけは度外視しましょう)で考えられる「タダマン」のヴィジョンはというと、「テレクラの無料体験」で口説き落としたテレクラの女性にご足労願って自分のいる場所までわざわざ来てもらい、自宅でのセックス(家賃!)、あるいは、公園や河川敷などの野外で青姦をして別れる、というようなものになるでしょう。

テレクラにおける「タダマン」というのを字義通りにとらえる場合、その「タダマン」とは、決して不可能ではないものの、おそらくこのような制限されたものにしかならないのではないかと思われます。

もちろん、このような「タダマン」の厳密な条件のもと、まったくお金を使わずにテレクラでセックスをしている人間も、もしかすると一人くらいは存在するのかもしれませんが、どうも現実味に欠けます。

この厳しすぎる条件での「タダマン」から、少しずつ難易度を削ぎ落としていって、「タダマン」の厳密な定義を少しずつ緩和させていくことによって、「タダマン」を、「限りなく不可能である」という地点から、「可能ではあるが、非常に難しい」という地点にまで引き下ろすことはできるでしょう。

たとえば、移動のためにかかる費用などを「タダマン」という縛りを阻むものとしてではなく「タダマン」のための「必要不可欠な経費」であると考えた場合、さきほどの「タダマン」のプロセスから、「女性にご足労願う」という情けない懇願を廃止し、「みずから駆けつける」という行為が可能になります。

モバイルセックス 1万円でタダマンをする

ここで、一度括弧にいれました「携帯代」はもちろんのこと、「テレクラ利用料金」や「ホテルの宿泊代」などが「必要不可欠な経費」であるかどうかなども問題になってきますが、これも「交通費」と同様に、なしくずし的にすべて「こればっかりは仕方ない」ということになっていくでしょう。

女性との交渉においてテレクラを「無料体験」の先の「課金」の領域まで利用し(その道を避けることは決してできないでしょう)、購入したポイントを消費して即アポを成功させ、「相手の女性に支払う礼金」だけは拒みつつ、ラブホテルやレンタルルームなどを利用してセックスをキメたとして、それが果たして「タダマン」といえるのかどうか。

「即アポのためにかかるテレクラ利用料金+ホテル代」を計算すると、そこには最低でも1万円程度の金銭が発生しているのだから、それはもはや「タダマン」ではないのではないか、という疑問が発生するのは当然のことでしょう。

しかし、この問題も、結局のところ、この「なしくずし的」な「こればっかりは仕方ない」という判断によって解決され、「タダマン」として認識されることになります。

くどくどと書いてきましたが、何が言いたいかというと、「タダマン」とはいっても、それは、テレクラにおいては「完全なるタダマン」ではなく、いくばくかのお金が「必要経費」としてかかることが決して避けられない「妥協されたタダマン」である、ということです。

テレクラにかかる必要経費を考えますと、テレクラにおける「タダマン」というものが、風俗などを利用してプロの女性とセックスすることとそれほど変わらないことに気付かされます。

しかし、その事実に完全に自覚的な状態で「テレクラにおける素人女性とのタダマン」を目指す地点から、「無店舗テレクラ」における「都市型狩猟生活」、モバイルセックスが初めて開始されることにもなるのです。

「テレクラにおけるタダマン」、「お金がかかるタダマン」という矛盾に没頭することは、すでにインフラが整備されて与えられたままのセックスの甘受を目指すのではなく、むしろ、そのようなセックスを拒否し、素人女性とのセックスをみずから獲得していくプロセスを目指すのであり、素人女性のみが流動的に在籍しつづける移動式都市型風俗店の「建築」を、「ツーショットの会話による即アポの交渉」という即興的な舞踏によってその都度「設計」するということなのかもしれません。

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