テレクラの攻略法は蓄積されず粉砕されつづける

テレクラの攻略法は蓄積されず粉砕されつづける

テレクラは毎回がニューゲームです。それも、近年流行りの異世界転生のような「強くてニューゲーム」ではなく、ちゃんと「レベル1からのニューゲーム」です。

「経験」というものがまったく通用しないとまではさすがに言い切れないのですが、過去の「経験」というものが必ず活かされて反復されるというわけではない、「経験」の蓄積がセックスに繋がっているわけではないというのがテレクラの面白いところであるといえるでしょう。

ここで、「それは面白いことなのか?」という疑問が出るのであれば、それはある意味では当然のことだとも言えるでしょう。

すべてのものは成長しなければならず、日進月歩つねに進化しつづける必要があり、経験値というものは蓄積され、人間は時間をかけてレベルアップしていく、ということがある一つの「モデル」であり「規範」であり「理想」であった、ということが長く続いている世界において、「経験が通用しない」ということはどうしても「マイナス」と捉えられがちです。

ですが、こういった「成長」を基本とし、「経験」が積み重なり、よりよく、より強くなる、というような「理想」なり「規範」というのは、ある点においては古びた考え方であり、また、根拠がないものでもあります。

もちろん、世の中には「成長」が可能な領域のもの、「経験」が活かされるものというのはあります。何も、すべての「成長」を否定したいという欲望が私にあるわけではありません。

ところが、そういったものがある一方で、根本的に「成長」だとか「経験」の反映というものと無縁であるというようなものがあることも事実です。

「成長」や「経験」一辺倒の考え方をしていますと、こういった「成長」や「経験」というものがまったく通用しない対象にまで、「成長」や「経験」を基準にして考えた「モデル」や「規範」や「理想」を押しつけがちです。

しかし、いくらそのような「モデル」や「規範」や「理想」などを押し付けられようとも、その根本的な部分がまったく違うために、それを押し付けたところでどうしようもない領域のものがある、ということは、押し付ける側の人間は忘れがちです。

重要なのは、「成長」なり「経験」などが通用しないものがこの世に同時にあることによって、「成長」なり「経験」などが通用するものが成立するということです。

テレクラという不条理で理不尽な場は「世界」そのものに似ている

たとえば、わかりやすい例でいきますと、ギャンブルなどは、こういった「成長」や「経験」でどうにもならない不確定的な部分、毎回がニューゲームであるというような側面を持っています。

もし、ギャンブルというものに「成長」という「モデル」を持ち込もうとしても、ほとんど無駄です。

「運」の一撃でその「成長」という「モデル」が粉砕される場面は必ず訪れますし、「経験」がまるで通用せずにベテランのギャンブラーが莫大な損をする(あるいは、ビギナーズラックで大勝利をおさめる)ということは度々あることです。

すべてを「成長」や「経験」などの規範で考え、そのモデルが通じると考えると、自分の「成長」や「経験」を元手に過剰な自信を持ってしまったがために、それが通用しない場面で手痛い大打撃を受けてすべてを失うことがあります。

テレクラという「ニューゲーム性」が基本である場所における成功と失敗は、「世の中にはそういうものもあるのだ(だから、成長や経験だけを盲信してはいけない)」ということを教えてくれます。

さきほど、ギャンブルのたとえでも出したように、テレクラというのも、三桁近くセックスしてきた熟練のテレクラユーザーが途端に出会えなくなったり、無店舗型テレクラの初回登録時にもらえる無料ポイントだけで性交渉を成功させるビギナーがいたりと、あらゆる「成長」や「経験」をあざ笑うかのような、不条理と理不尽を基底においた残酷で気まぐれな表情を見せることがあります。

テレクラのその残酷な表情は、疑われることがほとんどなかった「成長」や「経験」の安定神話を根本的な部分からひっくり返す力を持っています。

テレクラにおいて「攻略法」と呼ばれているものは、この根拠なき世界のなかで何に根拠を与えていくか、という無謀な営みとして考案されつづけているものです。

私はなにも、すべての「攻略法」が無駄なのだ、と言いたいわけではありません。むしろ、「攻略法」などというものが形成できない不確定な地盤のうえに何かしらの理論を打ち立てて世界の法則を見つけようとする、その姿勢には、惜しみない賞賛の拍手を送りたいほどです。

ですが、その称賛の拍手は、テレクラにおける「攻略法」というものが、テレクラ側の気まぐれな一撃であっという間に無効にされてしまう空しいものでもあるという自覚のうえに考案されている場合においてのみ、捧げられるたぐいのものだと思います。

もっとも警戒しなければならないのは、「テレクラ」に「成長」と「経験」の原則が通用するのだし、何かの積み重ねが成功に繋がっているというたぐいの言説です。

テレクラにおける攻略法というのは、その場限りで発見される一瞬の「悟り」のようなものに近いのかもしれません。その「悟り」にも近い攻略法は、意識して技術的に反復できるものではありません。

テレクラという「無根拠な場」のなかに身をさらされているという意識のなかで、瞬間ごとに考え続けるという営為を通してのみ、テレクラという「ニューゲーム」のための攻略法が構築される可能性を持つといえるでしょう。そして、それは考案と同時に破棄されるであろう攻略法なのです。

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