テレクラ本来の魅力はブームや新しさに左右されない

ブームが過ぎ去ったからといってテレクラ本来の魅力が消え去ったわけではない

テレクラというのは現在でもそこそこの活況とともに続いているものであるにも関わらず、「もう終わったもの」と思われている傾向があります。

テレクラという単語を誰かに放ったときに返ってくるリアクションは、まず間違いなく「テレクラなんてまだあったの?」というものになるでしょう。

そこで、テレクラの歴史をまくしたてて「現在では無店舗型テレクラというものが主流で、出会い系などから流れてきた若い女性のユーザーも増えてきており」などと説明する必要はないのですが、そのあたりの説明をすっ飛ばしたうえで「今でもテレクラを利用している」などと言おうものなら「え、いまだに……」だとか「時代遅れ」というような言葉を避けることはできないでしょう。

現在でもテレクラを利用し、素人の若い女性と出会ってセックスをしていたり、濃厚なテレフォンセックスを楽しんだりしている現役のテレクラユーザーであれば、「いまさら」とか「いまだに」などと言われたところで、ビクともしないでしょう。

ところが、世の中には、「時代から遅れている」ということを言われると、途端に物怖じしてしまう気が弱い人たちもいます。

「時代から遅れている」などと言われようとも、現在の無店舗型テレクラには無店舗型テレクラなりのシーンがあり、そこでは出会いもテレフォンセックスも行われ続けているといえばそれで済む話なのですが、気が弱い人の場合「自分がいる場所、好んで使っているものは間違っているのではないか」などと考えがちなので、注意が必要です。

「自分は最先端のものに触れている」ということが自負となっており、なぜかそれが自分を支える基盤にもなっており、最先端のものに触れていないという論拠で他人にマウントをとろうとする人、というのが世の中には一定数存在します。

ブームと呼ばれるものは、こういった一定数存在する「最先端のものに触れている」ということがまるで自分の功績であるかのように感じられる人によって支えられ、作られているものでもあると思います(もちろん、ブームを支えている人たちみなが、そういう人たちであるというわけではありませんが)。

テレクラという場所は、第一次テレクラブームと呼ばれる店舗型の個室テレクラの時代に、この「最先端のもの」であったという経緯を持っています。

「いまさら」「いまだに」「時代遅れ」、というような言葉を現在のテレクラに対して投げかけるタイプの人は、多くは、この第一次テレクラブームというものに、「最先端のものに触れる」という文脈のなかで乗っかったことがある人であると考えていいでしょう。

「最先端のものに触れる」という感覚が好きな人は、それが「最先端のもの」ではないと判断すると、すぐにそこから身を引き剥がし、つぎの「最先端」に飛びつくことを繰り返します。

新奇性をつねに追い求め、次から次へと対象を変えていくわけです。その新しいものにどんどん飛び乗っていく八艘飛びには終わりがありません。

こういった人種からすると、すでに自分のなかでは「最先端」ではなくなったコンテンツであるところの「オワコン」にいつまでもかかずらわっている連中がどうにも鼻持ちならないものに感じられるものです。

放っておけばよさそうなものなのに、どうしても我慢できないので攻撃的になってしまい、「世間ではこれが流行っているのに、どうしてこっちに眼を向けずに、いつまでもそんなことにこだわっているんだ?」と大上段から相手のやっていることを否定せずにはいられないのが、「最先端」であることを自分のプライドにしている人たちに共通して見られる傾向です。

「本当は自分が選んだこの最新のものを使いたいと考えているのに、ブームに乗り遅れたことを認めるのが怖くて、それで無理して意固地になって頑固にオワコンである対象にしがみついているのだろう」というような、「すべての人は最先端のものに触れていなければならない」という立場からの物言いも特徴的です。

ブームが過ぎても本来の根本的な魅力がなくなるわけではない

「最新のもの」や、「ブームになっているもの」のなかに素晴らしいものがあることは否定しませんが、かといって「最新のものであるから素晴らしい」だとか「ブームだから素晴らしい」というわけではないということは、「最先端思考」の人間にはなかなか聞いてもらうことはできません。

また、「最新であり、ブームでもあるし、素晴らしいものであることも認めるのだが、それが自分にとって良いものであるとは限らない。自分の身体には合わない」ということもあるのですが、こういった感覚も「最先端思考」の人は受け入れようとはしません。

さて、テレクラというのは、「すでに終わったコンテンツ」として見なされやすいので「最先端」ではありえず、少なくとも「ブーム」ではないのですし、「すべての人にとって素晴らしいもの(そんなもの、水とか塩以外にはありませんけどね)」でもありません。

そんなテレクラを、なぜ現在使うか、というと、冒頭に書いたように、「時代遅れでありブームは過ぎ去ったかもしれないが、まだ続いてはいて、それで、それなりに出会いがあったり、テレフォンセックスが楽しめる」という環境があるからにほかならないでしょう。

現在、いわゆる「オワコン」であるテレクラを利用しているユーザーというのは、大きくわけると、第一次テレクラブームが終わったあとも「ブームの終焉」と関係なくテレクラを使い続けてきた層と、スマホ対応の無店舗型テレクラというものが登場してからはじめてテレクラを知ったかつてのブームをほとんど知らない新規の層のふたつになると思います。

「ブームだから利用している」「最先端だから利用している」という層だけが欠けている状態ですね。

「ブーム」や「最先端」という観点から見ると、確かにテレクラは「オワコン」なのかもしれませんが、実際にテレクラを使って出会いやテレフォンセックスに興じているユーザーにとっては、テレクラは「オワコン」ではなく、現役のサービスです。

「最先端」という価値基準から見ると、テレクラというものにはまったく価値がなく、使う理由もないということになるかもしれません。ですが、物事は「最先端」であるかどうかだけが判断基準にはなりえません。

「最先端」という価値基準に惑わされて、「自分はこんな時代遅れのテレクラなどというものを使っていて大丈夫なのだろうか」と考えてしまうテレクラユーザーがいるとするならば、そういった懸念はまったく不要であると伝えたいと思います。

重要なのは、テレクラを使っていて自分が楽しいと思えるかどうかでしかありません。出会いやテレフォンセックスが十分に楽しめる以上、「ブーム」が過ぎ去ったからといって、テレクラの基本的な根幹である魅力が消え去ったというわけではないのです。

テレクラ利用で心を迷わせているヒマはありません。眼の前の出会いやテレフォンセックスにもっと本気になりましょう。

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