テレクラあるうちにテレクラの中を歩め

テレクラあるうちにテレクラの中を歩め

長らくテレクラを利用していると忘れがちになってしまうのですが、テレクラという場所があることや、テレクラというサービスが出会いを提供してくれていることは、決して「あたりまえ」のことではありません。

実際、無店舗型テレクラというものが登場する以前の、「最初のテレクラブーム」の終わりの季節に、一度は「消滅まで秒読み段階か」というようなところまで追い詰められたのがテレクラでもあるわけです。

街を歩けばテレクラの看板がやたらと目についた、という時期は、街の名前を「テレクラタウン」に変更してもよいのではないか、という冗談のひとつも言いたくなるような、異常なまでの活況を示していたものです。

しかし、そんなテレクラも「永遠」ではなく、危機が訪れることになりました。

実際にテレクラが消えるということはなかったし、水面下ではテレクラの火は依然として燃え盛っていたのですが、「テレクラがあることがあたりまえ」であった街の風景に限っていえば、少しずつ「あたりまえ」の景色ではなくなりました。

街からテレクラの看板が消えていくことなど、当時、おそらくは誰も想像していなかったのではないかと思います。

テレクラ再ブームという奇跡と特権的出会い

ブームのピークに身をおいていると、ブームの終焉に対する想像力を失ってしまうことにもなります。

テレクラが一度下火になり、テレクラ冬の時代とも呼べるような過酷な時代を経験し、そのなかで生き延びてきた世代であれば、この無店舗型テレクラ登場以降のテレクラ再ブームの状況も、また、たえず終焉の危機にさらされている、という想像力を持つことができるでしょう。

「テレクラを利用すれば簡単に女性と出会うことができる」という現在の非常に嬉しい状況も、いつまで続くものなのかは、誰にもまったくわかりませんし、「あたりまえ」のことではありません。

テレクラを利用して女性と出会うというときに、テレクラの存在が「あたりまえ」ではない、ということにどこまで自覚的であるか、ということで「出会い」への執着心というものにも変化が出てくることになるでしょう。

テレクラが存在しておりテレクラを利用すれば女性と出会って即ハメができる。

これは、ひとつの「奇跡」であり、永遠に続くものではありませんし、テレクラを通したひとつひとつの出会いに感謝する気持ちを忘れてはいけません。

その上で、女性と出会いまくれる「いま」のテレクラのブームが続くうちに、稀有であり特権的なこの環境の「甘い蜜」を可能な限りのテクニックを駆使しながら吸いつくす必要があるでしょう。

テレクラあるうちにテレクラの中を歩めへのコメント

コメントを投稿




他の記事へ