テレクラの歴史は女で作られる

テレクラの歴史は女で作られる

小説には言葉、絵画には絵、音楽には音、映画には映像が必要不可欠なように、テレクラは、女性がいなければ何も始まることがありません。

テレクラならば電話なのではないか、という話になるかもしれませんが、電話だけがあって女性がない場合、テレクラという場所はテレクラでなくなると言い切っても過言ではありませんから、やはり、必要なのは女性ということになるでしょう。

とはいえ、もちろん、テレクラにおける電話は、小説を書くための執筆道具(ペンなりキーボードなり)、絵画における絵筆や画材や絵の具など、音楽における楽器、映画におけるキャメラのような役割を持つのは間違いないのであって、もちろん、テレクラという遊びを成立させるためになくてはならないものではあります。

とはいえ、もっとも重要なのはやはり女性の存在と質感なのであって、テレクラにおいては、利用する女性のクオリティが高ければ高いほど、遊びとしての楽しさが強くなっていくというシンプルな原理が根本的なものとして横たわっていると思います。

テレクラを利用する女性のクオリティが低迷すれば、テレクラそれ自体も低迷し、テレクラを利用する女性のクオリティがあがれば、テレクラは盛り上がりを獲得していく。テレクラは、おおまかにこのような仕組みで動いています。

テレクラ黄金時代の再来

テレクラの歴史は、テレクラによって欠かせない「女性」によって影響され、蠢きながら変化し、瞬間ごとに作られていきます。

これは、テレクラという言葉が含む全体の大きな歴史、という意味においてもそうですし、テレクラを利用するユーザーそれぞれの個人史のレベルにおいてもそうです。

テレクラという場所は、ひとつの回線のなかで、テレクラ全体の巨大な歴史と、テレクラを利用するユーザーの個人的な歴史が交わる瞬間を持つのであって、その歴史の中心地にはつねに「女性」の存在があるのです。

無店舗型テレクラ登場直前の個室テレクラ時代末期のテレクラは、利用する女性の質感がのきなみ低迷したために、個人史的なテレクラ利用にも影響が及び、その体験が貧しいものになった、という歴史を持っています。

では、現在の、無店舗型テレクラ以降のテレクラはどうか、というと「テレクラ全体」としての歴史として、個室テレクラ全盛期のときと同じかそれ以上に、女性のクオリティが上がっている時期の渦中にあるといっていいでしょう。

このテレクラの歴史的に重要な時期に、テレクラを使うことができるユーザーの、テレクラを通して女性と出会うことによって築かれる「個人的な歴史」は限りなく豊かになる可能性を秘めています。

テレクラという歴史の生き証人として、歴史の登場人物として黄金時代を生きるタイミングは今しかありません。

テレクラの女性とともに、第一次テレクラブームよりも豊穣なテレクラの歴史をつくり、また、その歴史を守っていきましょう。

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