テレクラ万事塞翁が馬

テレクラ万事塞翁が馬

「テレフォンセックス」のためにテレクラを利用するか、「出会い」のためにテレクラを利用するかによって、テレクラはその遊び方の間に断絶が発生するような側面を持っています。

「テレフォンセックス」と「出会い」のあいだに走る亀裂とその溝は深く、およそ超えることができないようなものと捉えられているフシもありますね。

実際、「テレフォンセックス」メインのユーザーと、「出会い」メインのユーザーは、それぞれの目的にあわせてテレクラ内で「住み分け」を行っているものでもあります。

では、「テレフォンセックス」と「出会い」というのは完全に「水と油」であり、それらが混じり合う瞬間はないのか、というと、決してそうではありません。

遊び方やユーザーに断絶があるのは確かですが、同時に、「テレフォンセックス」と「出会い」が交錯するポイント、それぞれがお互いの岸辺へと飛び移れるような地点が存在してもいるのがテレクラなのです。

テレクラ内での断絶が消える瞬間

「出会い」を求めてテレクラを利用していたはずが気がつくと「テレフォンセックス」に興じて途方もないエクスタシーを感じていた、あるいは、「テレフォンセックス」で盛り上がっていたはずなのにいつのまにか女性との「出会い」に到達しホテルで横になっていた。

こういった例や体験談などは枚挙にいとまがないほど報告されており、テレクラでは決して珍しいことではありません。

これは、「テレフォンセックス」と「出会い」が交わる奇跡的な地点に思わず足を踏み入れてしまった人たちの一種の神秘体験的な体験談だといえるでしょう。

「テレフォンセックス」を楽しむにせよ「出会い」を求めるにせよ、「目的」と違う方向に話が進行しているときにどうするべきか、という問題は、テレクラを利用しているときにたえずつきまとってくるものの一つです。

このとき、「目的」を貫くか、それとも「話の流れ」に身を委ねていくか、という選択を前にしてどちらを選ぶかは、その人次第ですが、後者を選んだ人が、この「交差点」に足を踏み入れ、対岸へ渡るというわけです。

即アポの交渉中に性欲が高まりすぎてテレフォンセックスに移行するのもアリですし、テレフォンセックスで盛り上がった女性を相手に即アポを仕掛けて生身の第二ラウンドを求めるのも大いに結構なのです。

そう考えると、なんだかテレクラの「懐の広さ」を感じるようではありませんか。

生身の女性との会話である以上テレクラは何が起こるかわかりませんから、まさに「万事塞翁が馬」の遊びであり、それが「楽しい」のです。

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