テレクラ悪人正機説

テレクラ悪人正機説

もしも、テレクラという場所がなかったならば、欲求不満を抱えている日本の男女たちの性欲や孤独感は限界を超えてパンクをしてしまい、大惨事を起こしていたのではないか、と思わされることがあります。

それがテレフォンセックスであれ、即アポの交渉による出会いからのセックスであれ、テレクラという場所がなければ発散されることがない性欲、癒やされない孤独、というものは確かにあるはずで、そのような性欲や孤立状況のための解放区としての役割を考えただけでも、テレクラには大きな存在理由があるように感じられます。

よほどの社交性がある人間でないかぎり、現在、「出会い」の機会は閉ざされていることの方が多いといわざるをえません。日本の現状を眺めておりますと、「人と人が出会えない」という閉鎖的な傾向は、今後ますます強くなっていくのではないか、と懸念されます。

そんな厳しい状況のなかでテレクラという場所は、「男女の出会い」というものが起こりつづけている稀有な環境でありつづけています。これは、当然のようなことでありながら、出会い不況の現在においては、実は奇跡的なことでもあるのです。

人がテレクラに救済される部分

話が少し変わりますが、「特殊性癖」の持ち主は、通常の風俗や、恋愛関係を主軸にした男女の交際関係だけでは、抱えている欲求を完全に満たすことができないという状況があります。

テレクラという場所が、それらの特殊性癖のすべてをカバーしているとまでは流石に言いきれませんが、マニアックツーショット、SMツーショットといった限定された回線が、ある種の特殊性癖の持ち主の「居場所」を作ったり、孤独な性癖の持ち主同士を「パートナー」として結び合わせるきっかけを作ったりしているのは確かでしょう。

こういった、抑圧されて爆発寸前の性欲をなだめすかせたり、異常行動として逸脱する可能性をも持つ性癖を受け止めて差別せずにありのままに解放させるテレクラという環境が、社会に与えている影響はかなり大きいとまで言ってしまったら、さすがに大袈裟でしょうか。

「煩悩を抱えた衆愚」という意味での「悪人」をテレクラが一身に引き受けて、欲求不満と孤独を抱えた男女をどこかで救済しているのは疑いようのない事実です。

つまるところ、「テレクラ悪人正機説」というものが成立するように思われるのです。

どれほど孤独に生きられるといっても、最終的には他者と繋がる部分を見出してしまい、他者というものの関わりなしには生きていけない人間たちの、癒やしきれない孤独を少しでも慰めるためにも、見知らぬ他者同士が出会う交差点であるテレクラという場所の貴重な火は絶やすことができません。

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