今後の無店舗型テレクラが抱える課題

今後の無店舗型テレクラが抱える課題

テレクラは「素人の女性ユーザー」の存在なしには成立しません。

当たり前の話になりますが、テレクラにおける「出会い」や「テレフォンセックス」などの遊びは、なんといっても「女性ユーザー」ありきで可能になるものなのです。

その「素人の女性ユーザー」は、たえまなく、入れかわり立ちかわり、流動的に参入してくる「若く新しい女性」である必要があります。

テレクラにもし「終わり」というものが訪れるとすれば、それは、テレクラを利用する女性ユーザーが減少の一途をたどり、「新規女性ユーザー」の獲得がゼロに近づいていく、そのとき以外にはありえないでしょう。

決して固定化されることのない、流動的な「新規の女性ユーザー」がいなくなった場合、テレクラに残されるのは、性的な欲求不満をかかえた男性ユーザーと、店舗型テレクラ時代から地縛霊のようにテレクラを使い続けているタイプのテレクラ最深部に潜む怪物女性たちだけになってしまいます。

現在における「店舗型テレクラ」という場所は、このような「テレクラの終わりの景色」をテレクラ利用を通して全身的に体験できる施設として一度は訪れてみる価値がある、テレクラにおける負の文化遺産的な役割を持っている場所であるといえるでしょう。

「無店舗型テレクラ」は、「店舗型テレクラ」と比べると、若い女性ユーザーの新陳代謝がよい状態がいまのところ続いており、その状況は(あくまで比較においてですが)かなり良好です。

とはいえ、楽観視することはできません。「無店舗型テレクラ」も、現在の「店舗型テレクラ」が陥っているような苦境、迫りくる「テレクラの終わりの景色」の脅威から完全に逃れ去っているわけではありません。

むしろ「いつ足元から崩れてしまうかわからない」というような不安定な足場の上で、ギリギリのところで自転車操業的に若い女性ユーザーをなんとか獲得している、というのが無店舗型テレクラの現状である、ともいえるでしょう。

テレクラは隠されている

無店舗型テレクラは、現在の店舗型テレクラと比較した場合は多少はよい状況にありますが、やはり、「出会い系」のような出会いサービスに比べてしまうと、「素人女性」たちからの知名度や認知度がどうしても低いと言わざるをえません。

「出会い系」のことはなんとなく知っているが「無店舗型テレクラ」のことはまったく知らない、という女性はかなり多いのではないかと思われます。「知る人ぞ知る」という言葉が、現在の無店舗型テレクラにはおそらく最もふさわしいでしょう。

「出会い系」と「無店舗型テレクラ」の間で、女性からの認知において決定的に差が出てしまうのは、それぞれの広告戦略に差がある以上、仕方がないことであるといえます。

「現代のテレクラ」を代表する「無店舗型テレクラ」の特徴は、悲しいかな「比較的マイナーな出会いサービスであること」ということになるでしょう。「テレクラ」は素人女性たちの眼から巧妙に「隠されている」のです。

さて、このように書いてきますと「無店舗型テレクラ」について、なにやら悲観的なことばかり書いている、と思われてしまうかもしれません。

しかし、こういったことを改めて書いたのは、「これからの無店舗型テレクラ」に新規の若い女性ユーザーを招き入れるためにはどうしたらいいのかを少しでも考えていくために、「無店舗型テレクラ」の「現状」を再認識する必要があったからにほかなりません。

「無店舗型テレクラ」にはつねに流動的な新規の女性ユーザーが参入しなければならない。しかし、「無店舗型テレクラ」はテレクラを知らない若い女性たちの眼から巧妙に隠されており、新規女性の獲得が難しい状況にある。流動的な新規の女性ユーザーを獲得するためには「隠されている」テレクラを、女性たちの眼の届く場所に無理矢理にでも引きずり出して「明るみ」に晒さなければならない。

「今後の無店舗型テレクラ」が抱えることになる「課題」は、おおよそ、このようなものになるでしょう。まずは、この「課題」をあぶり出すことが何よりも先決です。この見出された「課題」から眼をそむけないことを出発点に、「これからの無店舗型テレクラ」のための「展望」を、「現状認識」から見えてきた「課題」を通して導き出すことが可能になります。

今回の記事は、「無店舗型テレクラ」の「課題」を見出すことを最大の目的としておりましたから、この「課題」を通してどのような「展望」が考えられるか、といういくつかの考察については、次回以降の更新で書いていくことにしましょう。

ひとまずいえることは、それぞれのテレクラユーザーが「テレクラの課題」を見出し、現在の「出会い」や「テレフォンセックス」といった遊びをこれからも続けていくためにはどうしたらいいのかを改めて考えるタイミングが、いま、まさに来ているということでしょう。

そこで見えてくる「展望」は、考えたところでどうにもならない無力な営みだったり、不可能に近い提案になることもあるのかもしれませんが、そもそも「テレクラについて考える」という「思考それ自体」に意味があるといえるでしょう。

「テレクラ」を終わらせてはいけません。

今後の無店舗型テレクラが抱える課題へのコメント

コメントを投稿




他の記事へ