無店舗型テレクラの初期と現在

無店舗型テレクラの初期と現在

テレクラユーザーの一人一人がテレクラについて書く、テレクラについて話すことによって、「テレクラ」というものが語られている「場」を積極的につくっていく。「テレクラ」という言葉を流通させ、「テレクラを知らない層」と「テレクラ」が出会う機会をつくる。

前回の記事では、このような、「場」の蓄積とささやかな「流通」が、きたるべき「素人女性」にテレクラを認知させる可能性をはらむ、という理想論ともいえるような地味な実践について素描することになりました。

「無店舗型テレクラ」においては、今後、それぞれのテレクラユーザーが、自分自身の立場から「テレクラについて書くこと」「テレクラについて語ること」が重要になってくるのではないか、と私は考えています。

それがなぜ「重要」なのかを見るために、テレクラの歴史のなかでは相対的に「新しい」とされている「無店舗型テレクラ」が、「登場してから、すでに相当の時間が経過している」という揺るがしがたい事実や、「初期と現在の状況の違い」をある程度は知っておく必要があるかもしれません。

テレクラのような、出会いやセックスにまつわるサービスのバトルフィールドにおいては、その領域があまり広く認知されていない初期の段階においては、「競争者が少ない状態で限られた素人女性を獲得する」というような、嗅覚の鋭いアーリーアダプターが特権的に出会いのチャンスを甘受できる贅沢な時期があります。

そういった初期の段階において、こと出会いやセックスにまつわるサービスにおいて、嗅覚が鋭いアーリーアダプターたちが選択する行動は、「女性と出会える隠れた穴場」として、自分たちが利用しはじめた革新的なツールをひた隠しにして、吸える甘い蜜を独占的に吸えるうちに限界まで吸う、というようなものになるでしょう。その行動には、遠慮も容赦もありません。

「隠れた穴場」として世間からひた隠しにされるそのようなツールは、大抵の場合、アーリーアダプターが一通り遊び倒して美味しい思いをしたあとに、「こういう穴場があるよ」と紹介される場合がほとんどであり、紹介される段階では、すでにある程度「食い荒らされた」ような状態になっている傾向があるように思われます。

「無店舗型テレクラ」というテレクラも、おそらくは、そのような初期段階のツールがのきなみ経験する「食い荒らし」の流れを通過したあとに、多くの人に紹介されることになったサービスであることは疑いようがありません。

「無店舗型テレクラは新しい!」というような大上段に構えた言い方は、無店舗型テレクラの登場からすでに相当の時間が経過してしまっている現在においては、ともすると、まったく通用しない時代ハズレな言い方でしかないかもしれません。

もちろん、「無店舗型テレクラ」が「店舗型テレクラ」と比べた際に、その根本的な機能や利便性などにおいて「店舗型テレクラ」よりも「新しい」ということには疑いの余地がないのですが、「無店舗型テレクラ」が置かれている状況をとってみると、正直なところ「少しずつ新しいものではなくなりつつある」と言わざるをえません。

「無店舗型テレクラ」について、今後予想される思わしくない状況としては、「店舗型テレクラ」の追い込まれた状況へとどんどん近づいていく、というものが考えられます。

「店舗型テレクラ」が置かれている状況というのは、一言でいうと「若い素人女性がいない」という状況です。第一次テレクラブームの全盛期から惰性でテレクラを利用しつづけている「初老の女性」、欲求不満の「肥満女性」や「モンスター系女性」、金銭を媒介して股間を開く「割り切り系女性」「援助系女性」などが現在の「店舗型テレクラ」を利用する主要な女性ユーザーとなります。

無店舗テレクラにまつわる状況を変えるささやかな一手

悲しいことに、「無店舗型テレクラ」の女性ユーザーも、少しずつではありますが、この「店舗型テレクラ」を支配する女性ユーザーの占める割合が次第に増えている傾向があります。

私がつねに「店舗型テレクラを一度は利用してみたほうがいい」という立場をとるのは、「無店舗型テレクラがこれから陥るかもしれない末期の状況について知っておいたほうがいい」という意味にほかなりません。

スマートフォン一つあれば時間と場所を選ばずに利用可能で、出会い系のようにメールなどの煩雑なやりとりを経ることなく「女性との会話」から直接交渉が始められるという「無店舗型テレクラ」というすぐれたテレクラの形態が、もし場所に縛られた「店舗型テレクラ」と同じ道をたどるのであれば、それは、非常に悲しい末路であると言わざるをえません。

現在の「無店舗型テレクラ」は、「店舗型テレクラ」と同じ道をたどるかどうか、という分水嶺に立たされているといってもよいでしょう。

そのような分水嶺に立たされているような状況下において、初期のアーリーアダプターたちが楽しんだような方法をとりつづけることはおそらくできませんし、もし、そのようなやり方をとるならば、無店舗型テレクラに残されたわずかな可能性は最後の一滴まで搾り取られ、貧しく痩せ細っていくことになるのではないかと思われます。

アーリーアダプターの方法というのは「隠す」ことによって「競争者を減らす」というものでしたが、現在の無店舗型テレクラにおいては、それとは違う、「明るみに出す」という何かしらの方法が求められるというのが私の考えです。

「明るみに出す」ことによって「競争者」は増えてしまうかもしれないが、「競争者」が増えることよりも、交渉相手となる「素人女性」が減ることのほうが恐ろしい。テレクラという遊びが「素人女性」によって成立している以上、「素人女性の減少」は「テレクラの死」でもあるのです。

初期の段階であればさておき、ある程度の時間が経過した現在のテレクラにおいて、「競争者」を減らすことに躍起になるばかりに無店舗型テレクラを「隠す」という選択は、テレクラの死をみずから早めることに繋がるでしょう。

しかし、だからといって「話すこと」や「書くこと」によって「素人女性の新規獲得」は望めるのか。衰退を止めることはできないのではないか、という意見があるのも当然ではないかと思います。

「テレクラユーザーひとりひとりが動き始めることでテレクラの状況を変えることはできるのか」そのような質問に対しては、「話すこと」や「書くこと」によって「テレクラが話されたり書かれたりする状況に変えることができる」ということは言うことはできるでしょう。

「テレクラが話されたり書かれたりする状況」が「無店舗型テレクラに新規の女性ユーザーがあふれかえる状況」を呼び込むかどうか、に対しては、確かに「わからない」としか答えることができません。しかし、「テレクラが話されたり書かれたりする状況」を作り出すことによって、少なくとも、わずかなものであっても「テレクラの状況」は一つだけでも確かに変化しているのです。

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