君たちはどうアポるか

君たちはどうアポるか
テレクラを利用して即アポを狙っていくにあたって、何よりも重要なのは、結局のところ「相手となる女性にとって自分が良い人間であるかどうか」ということに尽きるのではないかと思います。

実際、テレクラにおいては「相手の女性にとって良い人間である」という難しい状態を保ち、貫き通した人間だけが即アポを成功させてきたのですし、さらに即ハメまで持っていくことにもなってきたのです。

しかし、「相手の女性にとって良い人間」というのは、一体どのような人間を指すのでしょうか。

たとえば、ここで、定型文のように「高身長、高学歴、高収入、高級車を所有しており、高級な服を軽やかに着こなし、極度に高い顔面偏差値を持ち、女性への配慮などを怠らない高いモラルを持った男性」といった要素で構成された「高み」にいる男性のモデルをひとまず作ってみるとしましょう。

もちろん、この男性は一見すると非常に魅力的に感じられますし、このような綜合的かつ完璧超人のような男性は、そもそも、テレクラを使うまでもなく、すでに異性とのセックスを容易にゲットしているようにも思われます。

それに、すべての女性が、このように簡単にモデルを作成することができる完璧超人のような男性だけを好んでいるか、というと、そうでもありません。

失礼な言い方になるかもしれませんが、街を歩く「美男美女同士」ではない組み合わせのカップル、あるいは、自分の両親などを見れば明らかなように、女性の好みというものは人それぞれであり、女性によっては「ある種の欠落」や「不完全さ」を好み、惹かれてしまうというタイプもいるでしょう。

さきほど羅列したような様々な「高み」のパラメータのすべてが揃っている必要などはない、と考える女性もいるはずです。

愛の形は千差万別なのであって、そうでなければ、世の中に男女のカップルなどは一組も誕生しないようにも思われます。

女性よりもまずはみずからの深奥にアポをしかける

だからといって、みずからの「欠落」や「不完全さ」にあぐらをかいたまま、「高み」のうちのひとつも目指さない、という姿勢は考えものです。

すべての「高み」は無理とはいっても、ひとつくらいの高みは、ある程度の努力があれば獲得できるものです。

それは、さきほど例示したような「高み」以外のなにかであっても構わないでしょう。

「相手の女性にとって良い人間であるかどうか」は、相手の女性の価値基準が人それぞれですから、それに逐一あわせていくことは非常に難しいし限界があると思います。

即アポを成功させていくにあたっては、「相手の女性にとって良い人間であるかどうか」を目指してカメレオンのように自分を変化させていくよりも、「自分にとって、自分という存在が良い人間であるかどうか」を目指すほうが、いくらか建設的なのではないかと思われます。

単純な結論に聞こえて拍子抜けかもしれませんが、どのような領域であれ「自分を磨く」ということを決して止めないことがテレクラを利用する男性にとっては重要なのかもしれません。

「磨かれた自分」という存在の一部が、回線が繋がった女性にとって「良い人間」であるかもしれない、というわずかな可能性に賭けること。

おそらく、テレクラにおける即アポというのは、このわずかな可能性にかけて自分を鍛えることをたえずやめなかった男性にだけ許された、ちょっとした褒美のようなものなのかもしれません。

個人として鍛え上げられ、自分という存在が自分にとって納得の行く人間になる。

「自分を肯定できるようになる」ということは、ともすると目先の即アポの成否よりも重要なことですし、即アポよりも大事なものを見出して視野狭窄から抜け出したときに、即アポは、自然と手中におさまるようにして、テレクラを利用する男性のそばへと微笑みながら寄り添うことにもなるのではないでしょうか。

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